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【中日对照】灯火漫筆/灯下漫笔(鲁迅)

来源:日语论坛发表时间:2008/2/4字号:T|T
灯火漫筆    一  一時、それは民国二、三年ごろの話だが、北京にあるいくつかの国立銀行の紙幣が、日に日に信用を増して、それこそ日の出のいきおいを呈したことがあった。それまで現金に強い執着をもっていた...

灯火漫筆

   一

 一時、それは民国二、三年ごろの話だが、北京にあるいくつかの国立銀行の紙幣が、日に日に信用を増して、それこそ日の出のいきおいを呈したことがあった。それまで現金に強い執着をもっていた田舎の人まで、それが便利で信用できることを知り、喜んで受け取って、使ったということである。多少もののわかった人は、「特殊知識階級」ならずとも、あの重くて厄介な銀貨をポケットに入れるような、いわれのない苦しみを我から求める真似は、もうしなかった。たしか、銀塊に対し特別の嗜好と愛情を抱いている連中は別として、大抵の人は紙幣を、それも多くは自分の国の紙幣を、持っていたように思う。ところが惜しいことに、その後、突然、大きな打撃を受けたのである。
 それは、袁世凱(ゆわんしーかい)が皇帝になろうと企てた年のことだ。蔡松坡(つぁいすんぽー)(蔡鍔)先生が北京を脱出し、雲南(うんなん)で兵を挙げた。こちらで受けた影響のひとつは、中国銀行と交通銀行が兌換(だかん)停止をしたことであった。兌換は停止されたが、政府は商民に紙幣の使用を強制する威力をまだ持っていた。ところが商民にも、商民の昔からの奥の手があった。受け取らぬとはいわぬが、釣銭はやれぬというのだ。かりに何十何百の紙幣をもって買い物に行ったら、どういうことになるか知らない。しかし筆一本とか、タバコ一箱を買うのに、一々、一円札をやってしまってはたまるまい。たまらぬどころか、札もそう沢山はあるまい。では、少々割安になってもいいから、銅貨に換えよう、ということにしても、どこへ行ったって銅貨はないというのだ。では、親戚や友人のところへ現金を借りに行こう、ということにしても、あるわけがない。そこで一段、格下げをして、愛国の方はしばらくはおあずけにして、外国銀行の紙幣を手に入れようとする。ところが外国銀行の紙幣は、現銀も同様であったから、その紙幣を貸してもらえたとしても、現なまを借りたのと同じことになるわけである。
 私は今でもおぼえている。そのとき私の懐中には中国銀行と交通銀行の紙幣が三、四十元あったのだが、とたんに貧乏人になってしまい、殆んど飯も食えず、すっかりうろたえた。ロシア革命後、ルーブル紙幣をしまいこんでいた金持ちの気持ちも、まずはこんなものだったろう。せいぜい、それよりもっと深刻で大きいだけであったろう。私は仕方なしに、紙幣を割引いて現金に換えられるものか、当たってみた。すると、相場が立たないとのことであった。幸い、その後とうとう、六掛あまりという、闇相場が立った。私は大喜びで、さっそく半分ほど売った。その後、また七掛にあがったので、私は一層うれしくなって、全部、現金に換え、ずっしりと重い奴をポケットに入れた。それこそ私の生命の目方のような気がした。あれが平時だったら、両替屋が銅貨一枚少なくよこしても、絶対に承知しないところだが。
 しかし、私が一包みの現金を懐中に押しこみ、ずっしりとした重みに安心感を得て、喜んでいた時、ふと、ほかの考えが起こった。それは、われわれは極めて容易に奴隷になる、しかも奴隷になった後も、なお心から喜んでいるものだということである。
 かりに一つの暴力があって、「人間を人間として扱わず」、人間として扱わぬばかりか、牛馬にも劣る、物の数ともせぬ扱い方をしたとする。そして人間が牛馬を羨(うらや)み、「乱離(らんり)の人は、太平の犬に及ばず」と嘆息する時になってから、たとえば元朝の法律で、他人の奴隷を殺したら、牛一頭を弁償せねばならぬとなっていたように、牛馬にほぼ等しい価値を与えたならば、人々は心から満足して悦に入り、太平の御世をことほぐにちがいない。なぜといって、彼は人間の数にこそ入らぬが、もはや牛馬に等しくなったからである。
 われわれはべつに、『欽定(きんてい)二十四史』を謹読したり、研究室に入って、精神文明の卓越していることを考察したりする必要はない。子供の読む『鑑略』をちょっと開けてみさえすれば――それも面倒だったら、『歴代紀元編』を見れば、「三千余年古国古し」という中華が、昔からやって来たものは、このつまらぬ芸当にすぎなかったことがわかるはずである。しかし、最近編纂された、「歴史教科書」といった種類のものを読んだのでは、はっきりわからない。それらには、どうやら、われわれの中国は昔からとても好かったとしか書いてないようである。
 だが実際のところ、中国人は昔から、「人間」の価値をかち取ったことがない。たかだか奴隷にすぎなかった。そして今もって同様である。いや、奴隷以下であった時代も、珍しくなかった。中国の人民は中立的で、戦時は自分でもどちら側に属しているか知らない。そのくせ、どちらの側にも属しているのだ。強盗が来ると、官に属するものとして、当然、殺害され掠奪される。やがて官兵がやって来ると、味方なはずだが、まるで強盗の一味であったかのように、やっぱり殺害され掠奪される。このとき、人民は、ちゃんと定まった主人がいて、自分たちを人民としてくれたら――おっと、僭越(せんえつ)なことを申しました。牛馬で結構、草は自分で見つけて食うから、どこへ向かって走ればいいか決めてくれたら、どんなにいいだろうと考える。
 かりに、ほんとに彼らのために方向をきめ、奴隷規則なんかを作ってくれる人が出たとすれば、むろん、それこそ「皇恩無窮」ということになる。ところが困ったことに、時々それをきめてくれる人のいない時期がある。その顕著な例を挙げると、五胡十六国の時代、黄巣(こうそう)(唐代の末頃、叛乱を起こした人)の時代、五代の時代、宋(そう)末や元(げん)末の時代などがそれで、人民は従来通りに労役に服し、年貢を納める外に、思いもよらぬ災禍を受けなければならなかった。張献忠(ちょうけんちゅう)(明末の流寇の一人)の性癖はことに変わっていて、労役に服せず年貢を納めないものを殺すと共に、労役に服し年貢を納めたものも殺した。自分に抵抗したものを殺すと共に、自分に降参したものをも殺した。奴隷規則を木っ葉微塵にこわしてしまったのである。このとき、人民は、彼らの奴隷規則――在来通りのものにせよ、新しく制定したものにせよ、とにかく彼らを奴隷の軌道に乗せてくれるような、ちゃんとした規則を、もっとよく考慮してくれる、別の主人の現れることを希望した。
「この日いつか喪(ほろ)びん、われ、汝とともに亡びん!」(夏の桀王の暴政をうらんだ人民の言葉)というのは言葉の上の憤りにすぎぬ。覚悟をきめて実行に移したものは殆んどいなかった。実際のところは、まず、群盗が麻の如く起って混乱をきわめた後、いくらか強い人間、或いはいくらか利口な人間、或いはいくらか狡猾な人間、或いは異民族の人間が出て来て、多少とも秩序を立てて、天下を収拾する。そして、服役、納税、天子に対する儀礼、頌徳に関する規則を制定する。しかもその規則は、今日みたいに朝三暮四的な、あやふやなものではない。そこで「万姓ひとしく歓ぶ」のだ。成語を使っていえば、「天下太平」というわけである。
 きれいごとの好きな学者たちが、どんなに飾り立てて、歴史を書くときに、「漢族発祥の時代」「漢族発達の時代」「漢族中興の時代」などと、立派な題を設けようと、好意はまことに有難いが、措辞(そじ)があまりにもまわりくどい。もっと、そのものズバリの言い方が、ここにある――
 一、奴隷になりたくてもなれない時代
 ニ、当分安全に奴隷になりおおせている時代
 この循環が、つまり「先儒(せんじゅ)」(孟子)のいわゆる「一治一乱」でもある。それらの乱を起こした人物は後日の「臣民」から見れば、「主人」のために道を清め先駆の役をつとめたものなのであって、だから、「聖天子のために駆除し云々」と言われるのである。
 今日はどの時代に入っているか、私にもよくわからない。ただ、国学者が国粋を崇拝し、文学者が固有文明をたたえ、道学者が復古に熱をあげているところを見ると、いずれも現状に不満を抱いていることがわかる。しかしわれわれは結局どの道を辿っているのだろうか。人民は、わけのわからぬ戦争に見舞われると、いくらか余裕のある連中は租界に引越しをするし、女子供は教会堂に逃げこむ。そこはいくらか「安全」で、当分「奴隷になりたくてもなれない」とまで行かずにすむからである。要するに、復古主義者も、避難者も、智愚、賢不肖の別なく、みな三百年前の太平の御代、つまり「当分安全に奴隷になりおおせている時代」にあこがれているようである。
 だがわれわれは、古人と同様に、いつまでも「古えすでに之あり」の時代に満足していられるだろうか? 復古主義者と同様に、現在に不満を抱き、三百年前の太平の御代にあこがれていられるだろうか?
 むろん、現在に対しても不満はある。しかし、うしろをふり向く必要はない。前途にまだまだ道はあるからだ。しかも、この中国の歴史上に、いまだかつてなかった第三の時代を創造することこそ、今日の青年の使命なのだ!

   ニ

 ところで、中国の固有文明を讃美する人々が多くなって来た。しかも外国人までがほめ立てる。私はよくそう思うのだが、中国にやって来た人で、中国を憎み、考えただけでも頭が痛くなり顔をしかめたくなるといえる人があったら、私は心からその人に感謝を捧げるだろう。なぜなら、そういう人は決して中国人の肉を食うことを欲しない人にちがいないからだ<

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